2026年6月7日日曜日

自分にやさしくする練習

自分にやさしくする。

そう聞くと、少し甘えているように感じる人もいるかもしれません。

でも、本当は逆なのかもしれません。

毎日をちゃんと生きていくためには、
自分を責め続けるよりも、
少しだけ自分にやさしくする時間が必要なのだと思います。

朝、起きた瞬間から、
もう疲れている日があります。

体が重い。

気持ちが前に進まない。

やらないといけないことはあるのに、
なかなか動けない。

そんなとき、つい自分に厳しい言葉をかけてしまいます。

なんでできないんだろう。

もっと頑張らないと。

みんなは普通にやっているのに。

けれど、その言葉で元気になることは、
あまりありません。

むしろ、心の中がさらに重くなって、
体まで小さく縮こまってしまうことがあります。

自分にやさしくする練習は、
大きなことをする必要はないと思います。

少しだけ深く息をする。

あたたかい飲み物を飲む。

今日はここまでできたからいい、と言ってみる。

疲れている自分を、
怠けていると決めつけない。

それだけでも、十分に練習なのだと思います。

人にはやさしくできるのに、
自分にはなかなかやさしくできないことがあります。

誰かが疲れていたら、
「無理しないで」と言えるのに、
自分が疲れていると、
「まだ頑張れるはず」と言ってしまう。

誰かが失敗したら、
「そんな日もあるよ」と言えるのに、
自分が失敗すると、
何度も思い出して責めてしまう。

だからこそ、練習がいるのだと思います。

いきなり自分を好きになれなくてもいい。

毎日明るく前向きになれなくてもいい。

ただ、少しずつ、
自分に向ける言葉をやわらかくしていく。

今日はしんどかったね。

それでも、なんとか過ごしたね。

全部できなくても、ここまで来たね。

そんな言葉を、
自分の中に少しずつ増やしていく。

健康というのは、
体だけの話ではないのだと思います。

食事や睡眠や運動も大事だけれど、
自分をずっと責め続けないことも、
きっと大事な健康のひとつです。

心がすり減っていると、
体も休まりにくくなります。

反対に、少しでも安心できる時間があると、
体の力がふっと抜けることがあります。

自分にやさしくすることは、
何もしない言い訳ではありません。

もう一度立ち上がるために、
自分を壊さないようにすることです。

人は機械ではないので、
いつも同じ調子では動けません。

よく眠れる日もあれば、
眠れない日もあります。

元気に動ける日もあれば、
何をするにも時間がかかる日もあります。

それを全部、
悪いことだと決めつけなくてもいいのだと思います。

今日は少し疲れている。

今日は少し休みたい。

今日はゆっくりでいい。

そうやって自分の状態を認めることも、
自分にやさしくする練習です。

完璧な一日でなくても、
ちゃんと意味はあります。

何もできなかったように見える日でも、
生きて、食べて、眠ろうとしているだけで、
体はちゃんと働いてくれています。

心も、見えないところで、
なんとか踏ん張ってくれています。

だから、たまには自分に、
きびしい採点ではなく、
少し甘めの丸をつけてもいいのだと思います。

今日も完璧ではなかった。

でも、今日もなんとか過ごした。

それだけで、十分な日もあります。

自分にやさしくする練習は、
一日でできるようになるものではありません。

何度も忘れて、
また思い出して、
少しずつ身につけていくものです。

責めそうになったら、
少しだけ言葉を変えてみる。

無理をしそうになったら、
少しだけ立ち止まってみる。

疲れた自分を見つけたら、
敵のように扱わず、
味方のように見てみる。

それくらいでいいのだと思います。

自分にやさしくできる日は、
世界も少しだけやわらかく見えます。

心の中に、
小さな休憩場所ができるような感じがします。

そこに戻れるだけで、
また少し歩けることがあります。

だから今日も、
自分にやさしくする練習をしてみます。

うまくできなくてもいい。

少し忘れてもいい。

思い出したときに、
もう一度、自分にやさしい言葉をかけてみる。

それだけで、
ちゃんと前に進んでいるのだと思います。


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なんとか今日を終えた人の健康雑記

今日も、なんとか終わりました。

大きなことを成し遂げたわけではないけれど、
朝起きて、少し動いて、
ごはんを食べて、用事をして、
気づけば夜になっていました。

それだけの一日でも、
体にはけっこう負担がかかっているのだと思います。

何もしていないように見える日でも、
目はずっと何かを見ているし、
頭はずっと考えているし、
心も小さく揺れ続けています。

だから、疲れるのは当たり前なのかもしれません。

健康というと、
運動をしなければいけないとか、
栄養のあるものを食べなければいけないとか、
早く寝なければいけないとか、
正しいことがたくさん浮かびます。

でも、正しいことを全部できる日ばかりではありません。

今日は歩けなかった。
今日は野菜が少なかった。
今日はスマホを見すぎた。
今日は寝る時間が遅くなった。

そういう日もあります。

それでも、完全にだめだったわけではなくて、
なんとか今日を終えた。

それも、体と心が一日を持ちこたえてくれたということです。

健康は、元気いっぱいでいることだけではないと思います。

疲れていても、
少し休もうと思えること。
無理をしすぎたと気づけること。
水を一杯飲むこと。
布団に入ること。
深く息を吐くこと。

そういう小さなことも、
ちゃんと健康の一部なのだと思います。

人は、毎日完璧には暮らせません。

気分が重い日もあるし、
体がだるい日もあるし、
理由もなく何もしたくない日もあります。

そんな日に、
自分を責めすぎると、
体の疲れより先に心が疲れてしまいます。

だから今日は、
できなかったことよりも、
終えられたことを見てもいいのかもしれません。

朝を迎えた。
一日を過ごした。
なんとか夜まで来た。

それだけでも、十分に大きいです。

健康のために、
明日から急にすごい生活を始めなくてもいい。

まずは、少しだけ早く寝る。
少しだけ体を伸ばす。
少しだけ目を休める。
少しだけ自分にやさしくする。

それくらいでいいと思います。

今日をなんとか終えた人は、
もう十分がんばっています。

元気じゃなくても、
立派じゃなくても、
きれいな一日じゃなくても、
ここまで来たことに意味があります。

あとは、体を休ませるだけです。

明日のことは、
明日の自分に少しだけ任せて、
今日はもう、静かに終わっていい。

なんとか今日を終えた。

それは、ちゃんと生きた一日だったのだと思います。


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2026年6月6日土曜日

休み方がわからない人へ

休みたいのに、休めない日があります。

体は疲れているのに、
なぜか気持ちだけが止まってくれない。

何もしていない時間があると、
「このままでいいのかな」と思ってしまう。

横になっていても、
頭の中ではずっと何かを考えている。

休んでいるはずなのに、
心だけは働き続けている。

そんな人は、
本当は怠けているのではなく、
ずっと頑張りすぎてきた人なのだと思います。

休み方がわからない人ほど、
いつも何かを背負っています。

ちゃんとしなければ。
早く動かなければ。
結果を出さなければ。
迷惑をかけてはいけない。

そうやって自分に言い聞かせながら、
気づかないうちに心の余白を削っている。

けれど、人は機械ではありません。

毎日きちんと動き続けることだけが、
正しい生き方ではありません。

疲れたら止まる。
眠たければ眠る。
何もできない日は、何もしない。

それは負けではなく、
体と心を守るための自然な反応です。

休むことに罪悪感があるなら、
まずは大きく休もうとしなくてもいいと思います。

ほんの少しだけ、
自分を急かす声を弱めてみる。

スマホを置いて、
温かい飲み物を飲む。

窓の外を見る。
深呼吸をする。
今日はここまででいいと決める。

それくらいの小さな休みでも、
ちゃんと休みです。

休むのが下手な人は、
休むことまで上手にやろうとしてしまいます。

もっと有意義に休まないと。
もっと回復しないと。
明日から元気にならないと。

でも、休みは成果を出すためだけの時間ではありません。

何も進まない時間にも、
意味はあります。

心が静かになるまでには、
少し時間がかかります。

ずっと張りつめていた人ほど、
急に力を抜くことが難しいのかもしれません。

だから、休めない自分を責めなくていい。

休み方がわからないなら、
まずは「疲れている自分」に気づくだけでいい。

今日は頑張った。
今日はしんどかった。
今日は少し休みたい。

そう思えたなら、
それだけでも十分に大事なことです。

休むことは、
何かを諦めることではありません。

また歩くために、
一度立ち止まることです。

何もできない日があってもいい。
ゆっくりしか進めない日があってもいい。

人には、
何かをする時間だけではなく、
何もしない時間も必要です。

休み方がわからない人へ。

まずは今日、
少しだけ自分にやさしくしてみてください。

頑張ることをやめるのではなく、
頑張ってきた自分を、
少しだけ休ませてあげる。

それだけで、
心はほんの少し軽くなるかもしれません。


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がんばれない日の整え方

どうしても、がんばれない日があります。

体が重い。
頭がぼんやりする。
何かをしようとしても、気持ちが前に進まない。

そんな日は、無理に気合いで動こうとしなくてもいいのだと思います。

がんばれない日は、怠けている日ではありません。
心や体が、少し休ませてほしいと教えてくれている日です。

まずは、できるだけ小さなことから整えていく。
それだけで十分です。

朝起きるのがつらいなら、すぐに完璧な一日を始めようとしなくてもいい。
カーテンを少し開ける。
水を一口飲む。
顔を洗う。

それだけでも、体は少しだけ「今日が始まった」と感じてくれます。

部屋が散らかっていても、全部片づけようとしなくていい。
机の上のものを一つだけ戻す。
ゴミを一つだけ捨てる。
洗濯物を一枚だけたたむ。

がんばれない日に必要なのは、大きな達成感ではなく、小さな回復です。

食事も、完璧に栄養を考えようとすると、それだけで疲れてしまうことがあります。
そんな日は、温かいものを少し食べるだけでもいい。
お茶を飲むだけでもいい。
体を冷やさないようにするだけでも、十分に自分を守っています。

がんばれない日は、予定を少し軽くしてもいい。
全部やる日ではなく、最低限だけやる日。
それ以上は、明日の自分に渡してもいい日です。

人は毎日、同じ力で動けるわけではありません。
よく眠れた日もあれば、眠れなかった日もある。
気持ちが軽い日もあれば、理由もなく沈む日もある。

それなのに、いつも同じようにがんばろうとすると、どこかで無理が出てしまいます。

だから、がんばれない日は、がんばる日ではなく、整える日にする。

深呼吸をする。
少しだけ外の空気を吸う。
好きな音楽を小さく流す。
スマホを置いて、目を休ませる。
あたたかい布団に入る。

そんな小さなことの一つひとつが、崩れかけた自分を静かに戻してくれます。

何もできなかったように感じる日でも、ちゃんと生きています。
今日を越えようとしているだけで、十分がんばっていることもあります。

無理に元気にならなくてもいい。
無理に前向きにならなくてもいい。
ただ、自分をこれ以上雑に扱わないこと。

がんばれない日の整え方は、特別なことではありません。
自分にやさしくすること。
できない自分を責めすぎないこと。
小さく休んで、小さく戻ること。

明日になれば、少しだけ動けるかもしれない。
まだ動けなくても、また整えればいい。

がんばれない日にも、ちゃんと意味があります。
それは、立ち止まって、自分を守るための時間なのだと思います。


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2026年6月5日金曜日

回復することを急がない

体調を崩したとき、
人はどうしても早く元に戻ろうとしてしまいます。

早く治さないといけない。
早く動けるようにならないといけない。
早く普通に戻らないといけない。

そう思えば思うほど、
心まで焦ってしまうことがあります。

でも、体の回復には、
自分が思っているよりも時間がかかることがあります。

昨日より少し楽になったと思ったら、
今日はまた重く感じる。

もう大丈夫だと思ったのに、
少し動いただけで疲れてしまう。

そんな日があると、
自分は全然よくなっていないのではないかと、
不安になることもあります。

けれど、回復はまっすぐ進むものではないのかもしれません。

少しよくなって、
少し戻って、
また少し進む。

その繰り返しの中で、
体はゆっくり整っていくのだと思います。

大切なのは、
早く元に戻ることだけではなく、
今の自分を無理に追い込まないことです。

疲れているなら休む。
眠れるなら眠る。
食べられるものを食べる。
できない日は、できないままにしておく。

それは怠けているのではなく、
体が必要としている時間を渡しているだけです。

人は元気なときほど、
自分の体が当たり前に動くものだと思ってしまいます。

でも、体調を崩したときに初めて、
眠れること、歩けること、食べられること、
普通に一日を過ごせることのありがたさに気づきます。

回復することを急がない。

それは、あきらめるという意味ではありません。

自分の体を信じて、
必要な分だけ待ってあげるということです。

今日は少し休めた。
今日は昨日より少し食べられた。
今日は少しだけ気持ちが落ち着いた。

そんな小さな変化も、
ちゃんと回復の一部なのだと思います。

元気になる日は、
きっと少しずつ近づいています。

だから、急がなくていい。

体が戻ろうとしている時間を、
静かに見守ることも、
健康のために大切なことなのだと思います。


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疲れた心と体に、やさしい言葉を

疲れているときほど、
自分にきびしい言葉をかけてしまうことがあります。

もっと頑張らないといけない。
こんなことで疲れていてはいけない。
ちゃんとしないといけない。

そんな言葉を、
心の中で何度もくり返してしまうことがあります。

でも、心も体も疲れているときに、
さらに自分を追い込む言葉をかけると、
回復する力まで小さくなってしまう気がします。

本当に必要なのは、
強い言葉ではなく、
やさしい言葉なのかもしれません。

今日はよくやった。
ここまで来ただけで十分。
少し休んでも大丈夫。
全部を今すぐ片づけなくてもいい。

そういう言葉を、
誰かに言ってもらえたらうれしいけれど、
いつも誰かがそばにいるとは限りません。

だからこそ、
自分で自分に言ってあげることも、
大事なのだと思います。

疲れた日は、
心の中まで早足になっています。

早くしないと。
失敗してはいけない。
遅れてはいけない。
迷惑をかけてはいけない。

そう思っているうちに、
体は休んでいても、
心だけがずっと走り続けていることがあります。

そんなときは、
少しだけ言葉を変えてみます。

今日は疲れているだけ。
弱いわけではない。
うまくできない日があってもいい。
今は休む時間。

それだけで、
少し呼吸がしやすくなることがあります。

やさしい言葉は、
すぐに問題を解決してくれるものではありません。

でも、傷ついた心に、
もう一度立ち上がるための場所を作ってくれます。

体が重い日。
気持ちが沈む日。
何もしたくない日。
理由もなく疲れている日。

そんな日があっても、
人としてだめになったわけではありません。

ただ、休みが必要なだけです。

無理に前向きにならなくてもいい。
元気なふりをしなくてもいい。
すぐに答えを出さなくてもいい。

疲れた心と体には、
まず安心できる言葉を置いてあげたいです。

今日はここまででいい。
少し眠ろう。
温かいものを飲もう。
明日のことは、明日の自分に任せよう。

それくらいの小さな言葉で、
人は少しだけ救われることがあります。

頑張ることも大事だけれど、
自分を責めすぎないことも、
同じくらい大事です。

心と体は、
いつも黙って耐えてくれています。

だから疲れた日は、
自分にやさしい言葉をかけてあげたいです。

誰かに言うように、
大切な人に言うように、
自分にもそっと言ってあげる。

大丈夫。
今日はよく頑張った。
休んでもいい。

その言葉だけで、
少しだけ心がほどける日もあるのだと思います。


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2026年6月4日木曜日

今日は元気じゃなくてもいい

今日は元気じゃなくてもいい。

そう思えたら、少しだけ気持ちが軽くなる日があります。

毎日元気でいようとすると、思っている以上に疲れます。

朝から明るくして、前向きなことを考えて、ちゃんと動いて、ちゃんと頑張る。

それができる日もあります。

でも、できない日もあります。

体が重い日。

何もしていないのに疲れている日。

人と話すのもしんどい日。

理由ははっきりしないけれど、心が沈んでいる日。

そういう日は、無理に元気なふりをしなくてもいいと思います。

元気じゃない日は、悪い日ではありません。

体や心が、少し休ませてほしいと教えてくれている日なのかもしれません。

いつも走り続けていたら、どこかで息が切れます。

立ち止まることも、休むことも、生きるためには必要です。

元気な人を見ると、自分だけ置いていかれているような気持ちになることがあります。

でも、人には人の見えない疲れがあります。

明るく見える人も、本当は家に帰ったあと、静かにため息をついているかもしれません。

誰かと比べて、今日の自分を責めなくてもいい。

今日できなかったことがあっても、それだけで自分の価値がなくなるわけではありません。

起きられた。

水を飲めた。

少しだけご飯を食べた。

布団の中で一日をやり過ごした。

それだけでも、十分な日があります。

何かを成し遂げた日だけが、意味のある日ではありません。

何もできなかったように見える日でも、心と体はちゃんと今日を越えようとしています。

それは、地味だけれど大事なことです。

元気じゃない時に必要なのは、気合いではなく、やさしさかもしれません。

「もっと頑張れ」ではなく、

「今日はこれくらいでいい」

そう言ってあげること。

自分に厳しくしすぎると、休んでいる時まで疲れてしまいます。

だから、元気じゃない日は、予定を少し軽くしてもいい。

部屋が少し散らかっていてもいい。

返信が少し遅れてもいい。

ちゃんとした一日にならなくてもいい。

今日は、元気じゃなくてもいい日。

ただ静かに過ごすだけでもいい日。

何かを取り戻そうとしなくても、少し休めば、また自然に動ける日が来るかもしれません。

無理に明るくならなくてもいい。

無理に前向きにならなくてもいい。

今日は今日のまま、自分を責めずに終わらせる。

それだけで、十分えらいことだと思います。

元気な日も、元気じゃない日も、どちらも自分の一部です。

だから今日は、少し力を抜いて。

元気じゃない自分のまま、静かに休んでもいいのだと思います。


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ちゃんと休みたい人のための話

ちゃんと休みたい。

そう思っているのに、
なぜかうまく休めない日があります。

体は疲れている。
頭もぼんやりしている。
気力もあまり残っていない。

それなのに、
休んでいると少し罪悪感が出てくる。

何かしないといけない気がする。
もっと頑張れるんじゃないかと思ってしまう。

でも本当は、
休むことも生活の中で必要な時間なんだと思います。

ずっと動き続けることはできません。

スマホも充電が切れたら動かないし、
車もガソリンがなければ走れません。

人間も同じで、
気合いだけでずっと進み続けることはできないのだと思います。

ちゃんと休むというのは、
何もしない自分を許すことでもあります。

今日は少し横になる。
早めに寝る。
予定を詰め込みすぎない。
温かいものを飲む。
スマホを見る時間を少し減らす。

そういう小さなことでも、
体と心は少しずつ落ち着いていきます。

休み方に正解はないと思います。

たくさん寝ることで回復する人もいれば、
静かに散歩することで楽になる人もいます。

好きな音楽を聴くこと。
ぼーっと空を見ること。
部屋を少し暗くして過ごすこと。

それも立派な休み方です。

大切なのは、
休んでいる自分を責めないことだと思います。

何も進んでいないように見えても、
体の中では回復が進んでいるかもしれません。

心も、静かな時間の中で、
少しずつ呼吸を整えているのかもしれません。

頑張ることは大切です。

でも、頑張り続けるためにも、
休む時間は必要です。

ちゃんと休める人は、
自分を甘やかしている人ではなく、
自分を壊さないようにしている人なのだと思います。

疲れた日は、
無理に元気なふりをしなくてもいい。

今日は休む日。
そう決めるだけでも、
少し心が軽くなることがあります。

ちゃんと休みたい人は、
まず「休んでもいい」と自分に言ってあげる。

そこからでいいのだと思います。

休むことは、止まることではなく、
また明日を生きるための準備です。

静かに休んだ時間は、
きっと自分の中に戻ってきます。

だから今日は、
少しだけでもいいから、
自分を休ませてあげたいです。


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2026年6月3日水曜日

ほっとしたい日の健康雑記

今日は、がんばる健康ではなく、ほっとする健康について考えていました。

健康というと、運動をしなきゃとか、栄養を考えなきゃとか、早く寝なきゃとか、どうしても少し真面目な気持ちになります。

もちろん、それは大切なことです。

でも、毎日きちんとできる日ばかりではありません。

なんとなく疲れている日。

気持ちが重たい日。

特に大きな理由はないけれど、少しだけ休みたい日。

そういう日まで、自分を追い込むように健康を考えなくてもいいのかなと思います。

ほっとしたい日は、まず体をゆるめるだけでも十分です。

あたたかい飲み物を飲む。

深く息を吐く。

少しだけ肩の力を抜く。

スマホを置いて、何も考えない時間を少し作る。

それだけでも、体はちゃんと「休んでいいんだ」と気づいてくれる気がします。

健康は、いつも前向きに動くことだけではないと思います。

立ち止まること。

無理をしないこと。

今日はこれくらいでいい、と自分に言ってあげること。

そういう小さなやさしさも、健康の一部なのかもしれません。

心が落ち着かない時ほど、何かを増やすより、少し減らした方がいい日もあります。

予定を減らす。

考えすぎる時間を減らす。

自分を責める言葉を減らす。

全部をきれいに整えようとしなくても、今日は少し楽になれたらそれでいい。

そう思えるだけで、呼吸が少し深くなる気がします。

ほっとする時間は、ぜいたくではなく、必要な時間です。

体も心も、ずっと張りつめたままでは疲れてしまいます。

だから今日は、少しだけ自分を甘やかしてもいい日。

早めに休んでもいい。

好きなものを少し食べてもいい。

何もしない時間を作ってもいい。

健康のために何かを足す日もあれば、健康のために休む日もある。

そんなふうに考えると、健康という言葉が少しやさしく感じられます。

ほっとしたい日は、がんばらない自分を責めない。

それだけでも、今日の自分には十分な健康習慣なのかもしれません。


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2026年6月2日火曜日

休むことをまじめに考える

休むことって、意外と難しいなと思います。

何もしていないと、どこかで少し罪悪感が出てきます。

まだやれることがあるんじゃないか。
もっと頑張らないといけないんじゃないか。
自分だけ止まっているんじゃないか。

そんなふうに考えてしまうことがあります。

でも、体は機械ではありません。

ずっと動き続けていたら、どこかで疲れます。
心も同じです。

無理をしているときは、自分では気づきにくいものです。

まだ大丈夫。
これくらい平気。
もう少しだけ。

そう言いながら、少しずつ疲れをためてしまいます。

そしてある日、急に何もしたくなくなる。
体が重くなる。
気持ちが前に向かなくなる。

それは、怠けているのではなく、休む必要がある合図なのかもしれません。

休むことは、何もしないことではありません。

体を回復させること。
心を落ち着かせること。
また動けるように、自分を整えること。

そう考えると、休むことも大事な行動のひとつだと思います。

まじめな人ほど、休むことを後回しにしがちです。

頑張ることには価値がある。
続けることにも意味がある。

でも、休まずに頑張り続けることだけが正しいわけではありません。

休む時間があるから、また歩ける。
眠る時間があるから、朝を迎えられる。
立ち止まる時間があるから、自分の状態に気づける。

そういうこともあると思います。

休むときは、何か特別なことをしなくてもいいのかもしれません。

少し早く寝る。
スマホを見る時間を減らす。
温かいものを飲む。
ぼーっと空を見る。
深く息をする。

それだけでも、心と体は少しゆるむ気がします。

大切なのは、休む自分を責めないことです。

今日は休む日。
今日は整える日。
今日は無理をしない日。

そう決めることも、健康のためには必要なのだと思います。

休むことをまじめに考えるというのは、サボる理由を探すことではありません。

自分を長く大切に使っていくために、必要な時間をちゃんと取ることです。

頑張ることばかりが立派なのではなく、壊れる前に休めることも、きっと大事な力です。

これからは、疲れたときに無理に走り続けるのではなく、少し立ち止まることも選べるようになりたいです。

休むことを、もっとまじめに。

自分の体と心を守るために、そんなふうに考えてもいいのだと思います。


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